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東京地方裁判所 平成5年(ワ)797号 判決

原告

株式会社ローゼンホーフ

右代表者代表取締役

山本邦明

右訴訟代理人弁護士

畠山保雄

石橋博

被告

守谷和剛

右訴訟代理人弁護士

藤田謹也

柳原控七郎

土居久子

被告

田中末芳

外四名

右五名訴訟代理人弁護士

水石捷也

長谷則彦

秋元善行

主文

一  被告らは、各自、東京都観光汽船株式会社に対し、次の金員を支払え。

1  被告守谷和剛は金一億六六七五万七一二二円及びこれに対する平成五年三月五日から支払済まで年五分の割合による金員

2  被告田中末芳及び同守谷武紘は金一億七〇七五万七一二二円及びこれに対する平成五年二月一九日から支払済まで年五分の割合による金員

3  被告大澤浩吉は金一億七〇七五万七一二二円及びこれに対する平成五年二月一八日から支払済まで年五分の割合による金員

4  被告守谷春子は金八五三七万八五六一円及びこれに対する平成五年二月一八日から支払済まで年五分の割合による金員

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その二を原告の、その余を被告福田維明を除く被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  東京都観光汽船株式会社(観光汽船)に対し、被告守谷和剛(被告和剛)、同田中末芳(被告田中)及び同大澤浩吉(被告大澤)は金三億〇〇一八万六六六六円及び別紙債権目録1記載の金員を、同守谷武紘(被告武紘)は金二億七一〇九万五二九九円及び別紙債権目録1記載三七以下の金員を、同守谷春子(被告春子)は金一億五〇〇九万三三三三円及び別紙債権目録2記載の金員を各自連帯して支払え。

二  観光汽船に対し、被告田中、同大澤、同武紘及び同福田維明(被告福田)は、金二二五〇万円並びに内金一〇〇〇万円に対する平成二年八月三一日から、内金一二五〇万円に対する平成三年二月二八日から各支払済まで年五分の割合による金員を、同春子は金一一二五万円及び内金五〇〇万円に対する平成二年八月三一日から、内金六二五万円に対する平成三年二月二八日から各支払済まで年五分の割合による金員を各自連帯して支払え。

第二  事案の概要

本件は、観光汽船の株主である原告がその取締役兼代表取締役であった被告和剛、現に取締役兼代表取締役である被告田中、現に取締役である被告大澤、同武紘及び同福田並びに取締役であった守谷理助(亡理助)の相続人被告春子に対して提起した代表訴訟であり、原告は、被告和剛あるいは同田中が観光汽船を代表してした、観光汽船の株式会社ケイアンドモリタニ(ケイアンドモリタニ)に対する融資及び債務保証、観光汽船の子会社である観光汽船興業株式会社(汽船興業)を代表してしたケイアンドモリタニに対する融資及び同社の経費の負担、ケイアンドモリタニの債権者から提起された訴訟において裁判上の和解に応じて和解金を支払ったこと等が取締役の忠実義務に違反し、また、これを阻止しなかったその他の取締役にも監視義務違反があると主張し、これらの行為により観光汽船が被った損害の賠償を求めている。

一  争いのない事実等

1  当事者等

(一) 観光汽船は、内陸水運送業等を事業目的とする資本金六一五〇万円、発行済株式総数一二三万株の株式会社である。

(二) 原告は、観光汽船の株式一五万株を昭和六二年三月三一日から所有している。

(三) 被告和剛は、昭和四七年四月一日に観光汽船の取締役及び代表取締役に就任したが、昭和五九年五月三〇日には代表取締役を辞任し、同年六月三〇日には取締役も辞任した。

(四) 被告田中及び同大澤(同和剛の従兄弟)は昭和五四年当時から、同武紘(同和剛の弟)は昭和五八年五月二六日から、同福田は昭和六二年五月二八日から観光汽船の取締役であり、同田中は、昭和五九年七月一二日からは観光汽船の代表取締役である(甲二〇の一ないし五)。

亡理助は、被告和剛の父であり、昭和五四年五月二八日から死亡により退任した平成二年九月二一日まで観光汽船の取締役であった。被告春子は亡理助の配偶者であり、亡理助の相続人(相続分二分の一)である。

(五) ケイアンドモリタニは、広告代理業、ヨット、ボート、アクアスポーツ等これに類するレジャー・スポーツ用品の販売並びに賃貸業等を目的とする資本金四〇〇万円、発行済株式総数八〇〇〇株の株式会社である。ケイアンドモリタニは、昭和五九年一〇月末日に手形不渡り事故を起こして事実上倒産し、昭和六一年一二月五日には、当庁で破産宣告を受けた。

2(一)  被告和剛は、観光汽船の代表取締役として、自らが代表取締役を務めるケイアンドモリタニに対し、昭和五四年四月五日から昭和五九年六月二六日まで別紙貸付債権目録記載一ないし四六のとおり四六回にわたり合計一億八四四〇万六七二九円を貸し付けたが、ケイアンドモリタニが倒産したため、貸付残金合計一億七七〇九万一三六七円が回収不能となった。

(二)  被告和剛は、観光汽船の代表取締役として、次の①ないし③のとおり、ケイアンドモリタニの借入金債務及びリース料債務につき連帯保証をしたが、ケイアンドモリタニが倒産したため、観光汽船は、その後、やむなく合計九七二五万七一二二円を代位弁済した。

① 債権者 株式会社協和(現あさひ)銀行

借入・連帯保証日 昭和五八年一〇月三一日

債務額 金五〇〇〇万円

約定弁済日 昭和六〇年一月三一日

代位弁済日及び代位弁済額 別紙代位弁済目録記載一のとおり(代位弁済合計額五一三七万九一二二円)

② 債権者 昭和リース株式会社

リース・連帯保証日 昭和五八年四月三〇日

債務額 金四五四五万円

約定弁済日 昭和五八年五月三一日から毎月末日六〇回分割払

代位弁済日及び代位弁済額 別紙代位弁済目録記載二のとおり(代位弁済合計額三一八一万五〇〇〇円)

③ 債権者 センチュリーリース株式会社

リース・連帯保証日 昭和五八年三月二五日

債務額 金二〇五八万円

約定弁済日 昭和五八年三月三一日から毎月末日六〇回分割払

代位弁済日及び代位弁済額 別紙代位弁済目録記載三のとおり(代位弁済合計額一四〇六万三〇〇〇円)

(三)  被告和剛は、観光汽船の子会社である汽船興業の代表取締役として、

(1) 昭和五八年一一月ころ、汽船興業がそれまでにケイアンドモリタニに貸し付けていた金一二〇〇万円の弁済を受ける代わりにケイアンドモリタニから同社の経営する銀座ヨッティングクラブの正会員権四口(預託金額面合計金一二〇〇万円)の譲渡を受けたが、ケイアンドモリタニの倒産により右会員権は無価値となった。

(2) ケイアンドモリタニに対し、次のとおり合計七九〇万円を貸し付けたが、ケイアンドモリタニが倒産したため、貸金残元本合計七四〇万円が回収不能となった。

① 貸付日 昭和五九年八月三一日

貸付額 金六四〇万円(貸付残元本金五九〇万円)

② 貸付日 昭和五九年一〇月三〇日

貸付額 金一五〇万円(貸付残元本金一五〇万円)

(3) ケイアンドモリタニのため、同社の負担すべき次のアないしウの費用合計二四三万八一七七円を支払った。

ア 中央区日本橋茅場町二丁目一三番地七所在のマンション二〇二号室の賃料合計一六三万〇八五七円

イ 銀座ヨッティングクラブの塵芥処理料立替金三八万七二〇〇円

ウ 銀座ヨッティングクラブの昭和五八年一二月二七日開催の納会の飲食品代金三九万三一二〇円及び昭和五九年一月一三日開催の納会の飲食品代金二万七〇〇〇円

(四)  被告大澤、同武紘及び亡理助は、観光汽船の取締役であったが、被告和剛の右(一)ないし(三)の行為を阻止しなかった。

3(一)  被告田中は、観光汽船の代表取締役として、別紙貸付債権目録記載四七のとおりケイアンドモリタニに金四〇〇万円を貸し付けた。

被告田中は、観光汽船の代表取締役として、ケイアンドモリタニの破産手続において観光汽船のケイアンドモリタニに対する貸付債権及び代位弁済に基づく求償債権の元利合計三億〇七七八万六七〇六円を破産債権として届け出たが、その後これを取り下げた。

(二)  被告田中は、観光汽船の代表取締役として、次のとおり、ケイアンドモリタニの経営していた銀座ヨッティングクラブ会員その他の債権者の提起した当庁昭和六一年(ワ)第二一八号求償金等請求事件及び当庁昭和六二年(ワ)第六七四〇号損害賠償請求事件(別件各訴訟)において裁判上の和解を行い、和解金合計二二五〇万円を支払った。

(1) (昭和六一年(ワ)第二一八号事件)

原告 彦坂郁雄外三名

被告 被告和剛、同大澤、亡理助、観光汽船、汽船興業及びケイアンドモリタニ

請求金額 合計金四三〇八万五七八五円

和解成立日 平成二年一二月六日

(和解条項)

① 観光汽船は、原告彦坂郁雄に対して、本件和解金として金一〇〇〇万円の支払義務あることを認め、これを平成三年一月末日限り支払う。

② 観光汽船は、原告沢浦喜義に対して、本件和解金として金二五〇万円の支払義務あることを認め、これを平成二年一二月二二日限り支払う。

③ 原告らは、右①、②以外の請求を放棄する。

(2) (昭和六二年(ワ)第六七四〇号事件)

原告 栗津清秀外三一名

被告 被告和剛、同大澤、亡理助、観光汽船、汽船興業外一名

請求金額 合計金五六五〇万円

和解成立日 平成二年七月一二日

(和解条項)

① 観光汽船は、原告らに対して、本件和解金として金一〇〇〇万円の支払義務あることを認め、これを平成二年七月末日限り支払う。

② 原告らはその余の請求を放棄する。

(三)  被告大澤、同武紘、同福田及び亡理助は、観光汽船の取締役であったが、被告田中の右(一)及び(二)の行為を阻止しなかった。

二  争点

1  本件訴訟の提起は、権利濫用に当たるか。

(被告ら)

原告による本件訴訟は、株主が会社のために会社に代って取締役の責任を追及するという代表訴訟の本来の目的のために提起されたものではなく、観光汽船の経営権を奪取することを目的としたものであり、代表訴訟制度の濫用である。

すなわち、観光汽船の株主守谷正平は、叔父であり観光汽船の監査役であった(現在は原告代表者である)山本邦明(山本)を通じて観光汽船の経営に関する情報を収集し、被告田中に対し、観光汽船が第三者割当増資を実施し、その増資新株をすべて原告に割り当てるよう要求し、これに応じなければ観光汽船の役員に対する代表訴訟を提起すると脅したが、観光汽船が右要求を拒否したために本訴が提起されたのである。このような原告の本件訴訟提起の目的は、明らかに代表訴訟制度の本来の目的を逸脱し、自己の利益のために本制度を濫用したものである。

(原告)

山本は、被告田中に対し、監査役としての正当な権限行使に協力するよう求めただけであり、また、第三者割当増資及び守谷正平又は原告への増資新株の割当てを提案し、希望したに過ぎない。

2  被告和剛による昭和五四年四月五日以降のケイアンドモリタニに対する貸付及び債務保証が取締役の忠実義務に違反するか、また、被告和剛は、取締役退任後の昭和五九年九月四日の四〇〇万円の貸付について責任を負うか。

被告田中による昭和五九年九月四日のケイアンドモリタニに対する貸付は取締役の忠実義務に違反するか。

被告和剛及び同田中の貸付及び債務保証を阻止しなかった被告大澤、同武紘及び亡理助の行為が取締役の忠実義務に違反するか。

(原告)

ケイアンドモリタニは、昭和五〇年ころから旧河川法違反を承知で築地川の定期船発着場を改造した銀座バースにヨット、ボートを係留し、中央区長による注意を再三受けながらこれを無視して業務を行うという不健全な経営を続けたため、昭和五二年以降は経営が悪化していた。観光汽船が、資本関係がなく、仕事上の依存・補完関係もないケイアンドモリタニに金銭を貸し付けることは、観光汽船にとって何のメリットもない状態であったにもかかわらず、被告和剛は、観光汽船を代表して、貸付を繰り返した。昭和五八年には、ケイアンドモリタニが倒産必至の状態に至り、被告和剛は、同社がいずれ倒産せざるを得ないことを認識しながら、目先の帳尻を合せるために、同社に対し、無担保で弁済期限も定めずに貸付を継続し、その債務を保証したのであり、これらの行為が忠実義務に違反することは明らかである。

また、被告和剛は、観光汽船の取締役退任後、代表取締役当時の違反行為の継続として昭和五九年九月四日に被告田中らと通謀して観光汽船からケイアンドモリタニに四〇〇万円の貸付をさせたのであるから、被告田中とともにこの行為についても損害賠償責任を負う。

被告田中、同大澤、同武紘及び亡理助は、被告和剛の右各行為当時(同武紘は昭和五八年五月二六日から)、観光汽船の取締役であり、被告和剛の業務執行一般について監視し、取締役会を招集することを求め、取締役会を通じてその業務執行が適正に行われるようにする職責があった。しかるに、被告田中、同大澤、同武紘及び亡理助は、ケイアンドモリタニの経営状態が極めて悪化しており、同社がいずれ倒産せざるを得ない状態にあることを十分予見していたにもかかわらず、被告和剛の右各行為を阻止し、あるいは必要な担保提供等の債権保全措置を採らなかったばかりか、ケイアンドモリタニが破産宣告を受けた後は、破産財団に対して有する破産債権をも全額放棄したのであり、これらの行為が取締役の忠実義務に違反することは明らかである。

(被告ら)

観光汽船からケイアンドモリタニに対する各貸付及び債務保証は、代表取締役及び取締役会の経営上の判断に基づくものであり、被告らには忠実義務違反はない。

すなわち、ケイアンドモリタニの代表取締役であった被告和剛は、昭和四七年三月、観光汽船が有する占用水面利用権を活用することがボート販売・修理・保管を主業務とするケイアンドモリタニの将来の発展のために必要であるとの経営上の判断に基づき、観光汽船を京浜急行株式会社から買収した。ケイアンドモリタニは、経営状態の良くなかった観光汽船を人的にも物的にも全力で援助したが、そのために本業の営業力は半減を余儀なくされ、借入金は増加していった。被告和剛は、観光汽船とケイアンドモリタニとを事実上一体の会社と位置付け、両社の取締役にもその旨を伝えて両社の経営難を乗切るべく努力した。そして、対外的には、観光汽船、汽船興業及びケイアンドモリタニの三社はグループ企業と認識されていた。

観光汽船とケイアンドモリタニとの右に述べた密接な関係からすれば、観光汽船がその経営上、特段の負担とならない限り、ケイアンドモリタニに金銭を貸し付けること自体は、何ら代表取締役として忠実義務に反するものではなく、むしろグループ企業同士では当然のことである。

また、ケイアンドモリタニに対する貸付及び債務保証はグループ企業としての観光汽船の社会的立場と信用を維持する方策であった。すなわち、観光汽船の営業は、水上バス等公共輸送機関の役割を担うものであって、グループ企業の一つが行き詰ることによって、一般乗船客はもとより監督官庁からも不信感を持たれ、それが引き金となって水上バスの乗客数が減少し、営業に重大な影響が生ずることが懸念されたのである。

さらに、観光汽船は、その事業を発展させるために銀座ヨッティングクラブを成功させるべく貸付及び債務保証を行ったのであり、右貸付等は、観光汽船の利益を図ってしたものである。

右貸付等は、観光汽船及びケイアンドモリタニのワンマン社長であった被告和剛が、ケイアンドモリタニの経理等の実態を他の役員に知らせることなく行ったもので、被告田中らはそれが回収不能になることを予見し得なかったから、これを差し止めることも期待できなかった。

3  被告和剛が汽船興業を代表して銀座ヨッティングクラブの会員権を取得し、ケイアンドモリタニに金銭を貸し付け、同社の経費を負担したこと並びにこれを阻止しなかった被告田中、同大澤、同武紘及び亡理助の行為が観光汽船の取締役としての忠実義務に違反し、観光汽船に対する損害賠償義務を発生させるか。

(原告)

被告和剛は、観光汽船の計算と負担により右各行為を行ったのであり、仮に、それが汽船興業の計算と負担により行われたとしても、汽船興業は、その株式の約七五パーセントを保有し、役員を共通にする観光汽船の完全な一部門であるから、汽船興業の損害は観光汽船の損害である。そして、汽船興業と観光汽船の兼任取締役が汽船興業の取締役としての忠実義務に反し、同時にこれが観光汽船の取締役としての忠実義務にも違反すると評価できるときは、法人格否認の法理又は権利濫用法理により、当該取締役は、観光汽船の取締役としての忠実義務違反による賠償義務を直接観光汽船に負担すると解すべきである。

(被告ら)

被告和剛は、汽船興業の計算と負担により右行為を行ったのであり、観光汽船と汽船興業とは全くの別法人であるから、仮に、汽船興業の取締役の忠実義務違反行為により同社に損害が生じたとしても、観光汽船の取締役がこれを賠償すべき理由はない。

4  被告田中が観光汽船の代表取締役としてケイアンドモリタニの債権者との間で行った別件各訴訟における裁判上の和解並びにこれを阻止しなかった被告大澤、同武紘、同福田及び亡理助の行為が取締役の忠実義務に違反するか。

(原告)

別件各訴訟においては、被告大澤及び亡理助がケイアンドモリタニの取締役として商法二六六条の三に基づく損害賠償義務を負担して敗訴する可能性はあったが、観光汽船が損害賠償義務を負担する可能性は皆無であったから、和解金の支払は、観光汽船の負担で被告大澤及び亡理助を救済するものに過ぎず、観光汽船を代表して和解に応じた被告田中並びにこれを阻止しなかった被告大澤、同武紘、同福田及び亡理助の行為が忠実義務に違反することは明らかである。

(被告ら)

別件各訴訟は、ケイアンドモリタニが招いた不始末の結果であり、これをそのグループ企業であった観光汽船が裁判官や訴訟代理人の勧めに従って訴訟上の和解により解決することは、対外的な信用を重視した合理的な判断であって取締役であった被告らの個人的利害を優先させたものではない。

5  被告らの損害賠償債務は時効消滅しているか。

(被告ら)

観光汽船からケイアンドモリタニヘの貸付・債務保証等が忠実義務違反の問題になるとしてもこれに基づく損害賠償請求権の消滅時効期間は一〇年である。原告により本訴が提起されたのは平成五年一月一九日であるから、その日から一〇年前である昭和五八年一月一九日以前に発生した被告らの損害賠償請求権は時効により消滅している。なお、時効期間は三年あるいは五年とも考えられる。

(原告)

本件消滅時効の起算点は、貸付金債権が回収不能であるという客観的形式的事実が発生したとき、本件においては貸付等につき観光汽船が償却を始めた昭和六〇年三月末からと解すべきであるから、すべての請求権について一〇年の消滅時効期間は経過していない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

株主が、もっぱら、会社や取締役から金銭的利益を得るためであるとか、会社との個人的な紛争を有利に解決するためであるといった不当な個人的利益を追求する手段として代表訴訟を提起したような場合には、株主権の濫用として、訴えを却下することができると解するのが相当である。

本件においては、証拠(甲四六、四八、五一、丙一ないし一一、一三の一及び二、一四、二〇、被告田中本人)によれば、原告代表者の山本は、本件訴訟を提起する前年の平成四年に、被告田中及び同大澤に対し、観光汽船が第三者割当増資により新株を発行し、これを山本の甥であり観光汽船の株主である守谷正平が経営する株式会社守谷商会に割り当てるよう求め、それが容れられない場合には本件訴訟を提起する旨を述べたこと、当時、観光汽船は、財務状態が改善しており、増資による資金を導入する必要性はなく、山本の右要求は、観光汽船における発行済株式の過半数を守谷正平らが把握することを目的としたものであったこと、被告田中は、観光汽船の社内で山本の右要求について検討した結果、これを拒否したこと、山本と被告田中との交渉は平和裡に行われ、脅迫的言辞が用いられたわけではないことが認められる。そうすると、原告が観光汽船に第三者割当増資を求める交渉材料として本訴の提起を持ち出したことは明らかである。しかし、株主である原告がその判断に基づき、観光汽船に対して第三者割当増資の実施を求めること自体は、その行為の態様が社会的に相当なものである限り、違法、不当なことではないから、右認定の事実をもって本訴がもっぱら原告の不当な個人的利益を追求する手段として提起されたとまでいうことはできず、他に原告の本訴提起が代表訴訟制度の濫用であるとの主張を基礎付けるに足りる事情も認め難い。したがって、被告らの権利濫用の主張は理由がない。

二  争点2について

1  前記争いのない事実等及び証拠(甲二、三、八、一二ないし一七、一八の一ないし一一、一九の一ないし六、二〇の一ないし九、二二の一ないし三、二四、二五、三三、三四、三六、三七、四七、丙一ないし三、二一の一・二、二四、被告和剛本人、被告田中本人、弁論の全趣旨)を総合すると、次の事実が認められる。

(一) ケイアンドモリタニは、昭和四一年一〇月一七日に亡理助、被告和剛及び同大澤を主たる株主として資本金二五万円で設立され、代表取締役には亡理助が就任し、被告和剛は取締役に就任した。昭和四三年二月二九日に被告和剛と亡理助とが代表取締役を交替し、昭和四五年二月一九日には資本金を二五〇万円に増資し、昭和四五年二月二七日には被告大澤が取締役に就任した。ケイアンドモリタニは、もともと広告業を営んでいたが、次第に、モーターボート、ヨット等の販売を主たる業務とするようになった。被告和剛は、昭和四七年、同社の顧客から内山栄一を紹介され、同人の仲介で京浜急行株式会社から観光汽船の経営権を譲り受けることとなった。

(二) 被告和剛自らは、観光汽船の発行済株式一二三万株のうち四〇万株を取得し、被告大澤が一九万七〇〇〇株、守谷一郎(守谷正平の父)が四〇万株をそれぞれ取得した。被告和剛は、観光汽船の代表取締役に、被告大澤及び守谷一郎は取締役に就任したが、守谷一郎は、昭和四八年六月一八日に取締役を退任した。

被告和剛は、ケイアンドモリタニと観光汽船とが一体の企業であるとの認識で両者を経営していたが、同被告が経営権を譲り受けた当時の観光汽船は、隅田川の汚染等により水上バスの乗客数が減少していたため、毎年営業損失を計上する状態であり、特に冬場は売上高が少ないため、ケイアンドモリタニから運転資金を借り入れてはそれを夏場に返していた。また、観光汽船の所有船舶の修繕をケイアンドモリタニがその負担で行うこともあった。

(三) 観光汽船は、中央区築地五丁目二番地先二級河川築地川の河川区域内に旧河川法一七条に基づく工作物設置の許可及び同法一八条に基づく河川敷地の占有許可を受けて待合所及び桟橋を設置し定期船発着場を設けていたが、昭和四九年ころ、この発着場を浜離宮側に移すことになり、築地の待合所及び桟橋を使用しないこととなった。被告和剛は、そこにヨットハーバー(銀座バース)を開設し、ケイアンドモリタニが会員制のヨットクラブ(銀座ヨッティングクラブ)の営業を始めた。右銀座バースの開設は、中央区長から受けていた占用許可の目的に違反するものであり、観光汽船は区長から是正の指導を受けていたが、被告和剛はこれに従わず、昭和五六年には、巨額の資金を投下してバースの改造、クラブハウスの増築・改装等大規模な改修改築工事を施すとともに、新艇の購入等も行った。このため、中央区長は、観光汽船に対し占有許可条件違反の是正を申し入れ、観光汽船から昭和五七年三月付で、区長宛てに、無許可で工事を施行したことを詫びる旨の報告書及び右施設が河川工事、治水、交通上支障となるときはいつなりと自費をもって命令に従う旨の誓約書が提出されたが、同年四月以降占有許可は更新されなかった(最終的には、ケイアンドモリタニの破産後の昭和六三年、東京都知事から、銀座バースの「占用使用権」を譲り受けたと称して銀座ヨットクラブを経営していた株式会社ジー・エム・シー及び観光汽船に対し、河川法七五条一項に基づき工作物の除却と河川の原状回復を行うよう命ずる監督処分が行われた)。

(四) ケイアンドモリタニは、昭和五四年度(同社の会計年度は毎年一月一日から同年一二月三一日までである)から毎期、損失を計上していたが(昭和五四年度が約二二三万円、昭和五五年度が約五六六万円、昭和五六年度が約一六六〇万円、昭和五七年度が約四八二〇万円、昭和五八年度には約一億八二一七万円)、昭和五六年ころには数千万円の資金不足が生じ、融通手形で資金を調達せざるを得なくなった。そして、融通手形交換先が倒産したことにより、昭和五八年一〇月に約一億円、同年一二月には約六〇〇〇万円の負債を負うことになり、以後は、高利の資金を導入せざるを得なくなった。

被告和剛は、ケイアンドモリタニが観光汽船及び汽船興業のグループ企業であると宣伝して銀座ヨッティングクラブの会員を募集し、昭和五六年ころには、ある程度の会員を獲得し、会員権販売による預託金収入も得たものの、その後は期待したほどの会員を集めることができず、昭和五九年には、会員募集のためにアルバイトを増員したにもかかわらず、思うように会員が集らず預託金収入も不足したため、結局、ケイアンドモリタニは、同年一〇月末に手形不渡り事故を起こして事実上倒産した。

(五) 観光汽船は、昭和四七年度から昭和五〇年度までは、毎期、損失を計上していたが、昭和五一年度からは利益を計上し、昭和五四年度には繰越欠損金も一掃した。

観光汽船は、昭和四九年からケイアンドモリタニに対して運転資金の貸付をしていたが、昭和五四年四月以降、別紙貸付債権目録記載のとおり、担保を徴するなどの債権保全措置をとることなく、貸付を繰り返し、ごく一部を除いて元本の返済はなかったため、観光汽船のケイアンドモリタニに対する各年度末(同社の会計年度は毎年四月一日から翌年の三月三一日までである)の貸付元本残高は、昭和五四年度が約三九四〇万円、昭和五五年度が約三八四六万円、昭和五六年度が約四三一一万円、昭和五七年度が約五一六一万円、昭和五八年度が約一億四一〇九万円と増加し、ケイアンドモリタニが事実上倒産した昭和五九年一〇月三一日の貸付元本残高は一億八一〇九万一三六七円となった。また、観光汽船は、昭和五八年に入ってからは、前記第二の一の2の(二)のとおり、ケイアンドモリタニの合計一億一六〇三万円の借入金債務及びリース料債務について連帯保証もした。

なお、昭和五八年一一月五日の一億円の貸付は、観光汽船及びケイアンドモリタニの各所有物件につき、観光汽船を債務者として協和銀行に根抵当権を設定して借り入れたものをケイアンドモリタニに貸し付けたものであるが、これは、同一の物件に対し、昭和五四年三月二〇日観光汽船を債務者として全国信用協同組合連合会に債権額五〇〇〇万円の抵当権を設定してした借入れと、同日及び昭和五七年一二月二〇日、ケイアンドモリタニを債務者として第三信用組合に極度額二〇〇〇万円(後に三〇〇〇万円に変更)及び七〇〇〇万円の各根抵当権を設定してした借入れの借り替えである。そして、ケイアンドモリタニに対して破産宣告がされた後の昭和六三年一月ころ、破産管財人との和解により、右協和銀行に対する根抵当権を抹消した際に、観光汽船は金三七〇〇万円の支払を受けた。

2(一) 右認定事実によれば、観光汽船とケイアンドモリタニとは、本件で問題とされている昭和五四年以降、昭和五九年五月三〇日まではいずれも被告和剛が代表者を務め、被告大澤も両社の取締役を兼ねていた時期があり、被告和剛、同大澤及び亡理助の三者の持株を合計すると観光汽船の発行済株式の約半数、ケイアンドモリタニの発行済株式の過半数を制していたのであって、役員及び株主の人的構成の面において密接な関係があり、更に、観光汽船が中央区長から河川敷地の占有許可を受けて設置した待合所及び桟橋をケイアンドモリタニが改造して会員制ヨットクラブを経営することによって、事業運営の面でも密接な関係があったのであるから、対外的には、グループ企業と見られる状態にあったというべきである。そうすると、ケイアンドモリタニに対して、観光汽船が自らの経営上、特段の負担とならない限度において金融的な支援をすることは、相互に資本関係がなく、また、担保を徴しない貸付であったとしても、それが回収不能となる危険が具体的に予見できる状況でない限り、ケイアンドモリタニの倒産等によって観光汽船の対外的信用が損われる事態を避けるための一応の合理性のある行為であったというべきである。

しかしながら、ケイアンドモリタニは、昭和五四年度以降、毎期、損失を計上する等その経営状態が悪化し、昭和五六年ころからは、融通手形による資金調達も図らざるを得ない状況であったところ、昭和五七年四月以降は、銀座バースの占用許可の更新が行われなかったため、営業の基盤の危うい状態に至っていたと認められる。このように倒産に至ることも十分予見可能な状況にあったケイアンドモリタニに対し、従来の貸付金も殆ど返済されていないのに、新たに多額の金銭の貸付や保証を行うことは、観光汽船の取締役として差し控えるべきであり、仮に、貸付等をするとしても、ケイアンドモリタニが倒産する事態に備えて確実な担保を取得するなどの十分な債権保全措置を講ずるべきであった。しかるに、被告和剛は、昭和五七年四月以降も何らの債権保全措置も採ることなく、別紙貸付債権目録記載三三ないし四六のとおり、ケイアンドモリタニに対して合計一億六〇五〇万円もの金銭を貸し付けたほか、合計一億一六〇三万円の連帯保証をしたのであるから、これらの貸付及び保証行為は、取締役としての善管注意義務・忠実義務に違反するものというべきである。

もっとも、昭和五八年一一月五日の一億円の貸付のうち少なくとも五〇〇〇万円については、前述の借り替えの形からみて、右時期以前から観光汽船が債務を負っており、右時期以後に実質的に新たな債務負担をしたものとは認められない。

また、被告田中本人尋問の結果によれば、被告田中は、被告和剛が取締役を退任した後の昭和五九年九月四日に、観光汽船を代表してケイアンドモリタニに対して別紙貸付債権目録記載四七のとおり四〇〇万円を貸し付けた際、ケイアンドモリタニがいずれ倒産せざるを得ない状態にあることを認識していたと認められるから、被告田中の右貸付行為もまた取締役の善管注意義務・忠実義務に違反することは明らかである。

なお、原告は、被告田中が観光汽船を代表してケイアンドモリタニに対してした右貸付行為についても被告和剛が責任を負うべきであると主張するが、被告和剛が昭和五九年六月三〇日に観光汽船の取締役を退任したことは当事者間に争いがないから、同被告が取締役の地位にない以上、その善管注意義務・忠実義務違反による損害賠償責任を問題とする余地はないというべきである。

(二)  ところで、被告らは、ケイアンドモリタニが昭和五九年三月三一日まで観光汽船からの貸付金の一部を返済していることをもって、被告和剛が観光汽船から融資を受けても充分返済できるものと判断していたからにほかならないとし、昭和五九年三月三一日までの貸付はいまだ返済余力がある時期の貸付であって、被告らの忠実義務が問題となることはないと主張する。

しかし、甲二八によれば、確かにケイアンドモリタニが昭和五九年三月三一日まで貸付金の一部を返済していることは認められるものの、その返済額は、累積した貸付金総額からみればごく少額に過ぎず、昭和五七年四月から昭和五九年三月三一日までの期間についてみても、観光汽船から合計一億二四五〇万円の貸付を受ける一方で、合計二六五二万三五三〇円を弁済したに過ぎないことが認められる。したがって、ケイアンドモリタニが昭和五九年三月三一日まで累積した貸付金債務の一部の弁済を行っていたからといって、その時期までケイアンドモリタニに返済余力があったとみることはできず、被告らの右主張は理由がない。

3 右のとおり、被告和剛は、昭和五七年四月以降、善管注意義務・忠実義務に違反してケイアンドモリタニに対して貸付等の行為をしたが、その際、被告田中、同大澤、同武紘及び亡理助は、観光汽船の取締役でありながら被告和剛の貸付行為を全く阻止していないことは当事者間に争いがなく、証拠(甲一二ないし一四)によれば、被告和剛は、観光汽船の取締役に相談をした上で右貸付を実行していたこと、相談を受けた被告田中らは、前述、のようにケイアンドモリタニの経営が悪化し、営業の基盤が危うくなっていて倒産の危険があったことを十分知り得る立場にあり、かつ、従前の貸付につき殆ど返済がないのに、特段の債権保全措置をとることなく多額の貸付等を行うものであることを認識しながら、代表取締役であった被告和剛の意向に唯々諾々と従って貸付を了承していたことが認められるから、同被告らが取締役としての監視義務に違反していたことは明らかである。

また、昭和五九年九月四日の被告田中の貸付についても、被告大澤、同武紘及び亡理助の監視義務違反は明らかである。

4  なお、原告は、被告田中がケイアンドモリタニの破産手続において、観光汽船の代表取締役として観光汽船のケイアンドモリタニに対する貸付債権及び代位弁済に基づく求償債権の元利合計三億〇七七八万六七〇六円を破産債権として届け出ながら、その後これを取り下げた行為が取締役の忠実義務に違反すると主張する。

しかし、証拠(甲一二、三五、被告田中本人)によれば、観光汽船は、ケイアンドモリタニの債権者のうちで最も届出債権額が多かったこと、観光汽船が破産債権の届出を取り下げたのは、破産管財人からその旨の要請があり、これを社内で十分に検討した上での決断であること、その結果、ケイアンドモリタニの破産事件の最終配当時の破産債権額は合計二億七四六六万七四二二円となり、配当金額は七六七三万一〇七三円(配当率27.91パーセント)となったことが認められる。

右認定事実に、右2(一)で認定説示した、観光汽船とケイアンドモリタニとは、役員及び株主の人的構成の面においても、事業運営の面においても密接な関係にあり、対外的には、グループ企業と見られる状態にあったことをも併せ考えると、破産管財人がケイアンドモリタニの一般の債権者の配当率を上げるために、同社の最大の債権者であり、かつ同社のグループ企業と見られる観光汽船に対して破産債権の届出を取り下げるよう求めたことは、日本の経済社会における一般の企業意識に適合した合理的な要請というべきであって、被告田中が観光汽船の代表取締役としてこの要請に応じたことをもって取締役の忠実義務に違反するということはできない。

三  争点3について

証拠(甲一四、一九の一ないし六、四〇、四九、五〇)によれば、汽船興業は、夜間使用しない観光汽船の船舶をレストランボートとして活用することを目的として昭和五五年三月一五日に設立され、被告和剛、同田中及び同大澤が取締役に就任し、被告和剛が代表取締役に就任したこと、汽船興業の現在の発行済株式総数四〇〇〇株のうち、観光汽船は三〇〇七株(約75.2パーセント)を有しており、汽船興業は、観光汽船の子会社であること、観光汽船と汽船興業との間では船舶の使用に関する契約が毎年更新されており、右契約においては汽船興業に一定額を超える売上があった場合に船舶の使用料の一部が観光汽船から汽船興行に割り戻されることになっていたことが認められ、観光汽船と汽船興業とは、役員構成、資本関係の面でも、営業の面でも密接な関係にあったことは明らかである。しかしながら、両社が右のように密接な関係にあるからといって、汽船興業の法人格が形骸化しているということもできないし、観光汽船の負うべき責任を免れるために汽船興業が法人格を濫用しているということもできない。したがって、仮に、被告和剛が汽船興業の代表取締役としてケイアンドモリタニに対して金銭を貸し付けたことやケイアンドモリタニの経費を負担したことが汽船興業の取締役としての忠実義務に違反する行為であったとしても、それが直ちに、観光汽船の損害となり、また観光汽船の取締役としての忠実義務違反行為に当たることになるものではないから、原告の主張は失当である。

四  争点4について

原告は、別件各訴訟において敗訴の危険があったのは被告大澤及び亡理助のみであり、観光汽船にはそのおそれがなかったから、別件各訴訟の裁判上の和解は、被告田中が観光汽船の代表取締役として、同社の犠牲の下に被告大澤及び亡理助の利益を図ったものであると主張する。

確かに、別件各訴訟の裁判上の和解において、観光汽船だけが和解金を負担し、被告大澤及び亡理助が相被告でありながら何らの経済的負担をしていないことは当事者間に争いはないが、証拠(甲一〇の一、一〇の二の一ないし三九、一〇の四の一ないし二三、一〇の五・六、一一の一、一一の二の一ないし二七、一一の五の一ないし九、一一の六・七、丙二二、二三、二五、被告田中本人)によれば、昭和六一年(ワ)第二一八号事件は、昭和六一年二月二四日に第一回口頭弁論期日が開かれ、同年四月二一日の第二回口頭弁論期日において準備手続に付され、平成二年一二月六日の第三六回準備手続期日で和解が成立したこと、昭和六二年(ワ)第六七四〇号事件は、昭和六二年一〇月一六日に第一回口頭弁論期日が開かれ、弁論及び証拠調べを重ね、被告大澤、同武紘及び亡理助の各尋問も実施された上で平成元年一二月二五日の第二〇回口頭弁論期日において受命裁判官による和解が勧告され、平成二年七月一二日の和解期日に和解が成立したこと、別件各訴訟の中で、各事件の原告は、それぞれケイアンドモリタニの取締役である被告大澤及び亡理助らの責任を追及するとともに、ケイアンドモリタニの法人格の形骸化あるいは濫用を主張して、観光汽船の責任を追及していたこと、別件各訴訟の和解手続は、審理が相当進行した段階において行われ、各担当裁判官が積極的に当事者の意見を調整するとともに、双方当事者の説得に努めたために成立したこと、別件各訴訟の被告であった観光汽船は、その訴訟代理人の意見を尊重し、取締役会で決議をした上で和解に応じたことが認められる。

仮に、別件各訴訟において判決がされた場合に、各事件の原告らが主張した法人格否認の法理が受訴裁判所により肯認されたか否かは、事柄の性質上、明らかでないというほかないが、右認定の事実によれば、別件各訴訟の判決において観光汽船の責任が認められる可能性が全くなかったと断定することはできず、少なくとも各担当裁判官により和解金を支払う方向での和解を勧められた観光汽船がその危険があると考えたとしても不合理とはいえないし、他方において、被告大澤及び亡理助がケイアンドモリタニの取締役としての悪意又は重過失を認定されて第三者に対する責任を肯認されることが確実であったということもできない。そうすると、訴訟上このような状況におかれた観光汽船が、右認定のとおり、担当裁判官の説得に従い訴訟代理人の意見を尊重して、別件各訴訟を訴訟上の和解により早期に解決したことは、一つの合理的な選択というべきであり、和解条項の内容において、観光汽船だけが和解金を負担し、被告大澤及び亡理助が何らの経済的負担をしていないとの一点を捉らえて、観光汽船を代表して和解に応じた被告田中の行為が取締役としての忠実義務に違反すると断ずることはできない。

五  争点5について

商法二六六条一項五号に基づく損害賠償請求権は、その性質上、期限の定めのない債務であり、消滅時効の起算点は、その債権成立時であると解され、また、その時効期間は、一〇年(民法一六七条)と解される。

ところで、原告により本訴が提起されたのは平成五年一月一九日であるから、その日から一〇年前である昭和五八年一月一九日以前に発生した被告らの損害賠償請求権は時効により消滅していることになるが、昭和五七年四月から昭和五八年一月一九日までの間の貸付についても、損害が発生したと客観的に認められるのは、最も早い時期をとらえたとしてもケイアンドモリタニが手形不渡により事実上倒産した昭和五九年一〇月末より前に遡ることはないと認めるのが相当であるから、被告らに対する損害賠償請求権が時効消滅していないことは明らかである。

六  これまで検討したところをまとめると、各被告が支払うべき損害の額は次のとおりとなる。

1  被告和剛について

被告和剛は、昭和五七年四月以降に観光汽船がケイアンドモリタニに貸し付けた別紙貸付債権目録記載三三ないし四六の貸付金から、実質的にみて新たな債務負担と認められない五〇〇〇万円を控除した合計一億一〇五〇万円のうち、ケイアンドモリタニの倒産により回収不能となった一億〇六五〇万円相当額、及び、観光汽船がケイアンドモリタニの協和銀行からの借入債務、昭和リース及びセンチューリーリースに対するリース債務につき連帯保証人として代位弁済し回収不能となった合計九七二五万七一二二円相当額の各損害(合計二億〇三七五万七一二二円)を、観光汽船に与えたものである。しかし、観光汽船がケイアンドモリタニの破産手続において破産管財人との和解により三七〇〇万円を回収したことは当事者間に争いがなく、証拠(甲二二の一、三〇)によれば、この三七〇〇万円は、法的性質は和解金であるものの、実質的には、観光汽船のケイアンドモリタニに対する昭和五八年一一月五日の貸付金の一部弁済的な性質を有する面があると推認されるから、結局、被告和剛が観光汽船に対して支払うべき損害賠償額は、この三七〇〇万円を二億〇三七五万七一二二円から控除した一億六六七五万七一二二円と認めるのが相当である。

2  被告田中らについて

被告和剛の貸付行為について被告田中、同大澤、同武紘及び亡理助の各人の監視義務違反行為による損害額は右1と同じく一億六六七五万七一二二円である。

被告田中の昭和五九年九月四日の四〇〇万円の貸付行為については、同額が観光汽船に支払うべき損害賠償額であり、監視義務に違反した被告大澤、同武紘及び亡理助についても同様である。

したがって、被告田中、同大澤、同武紘及び亡理助が観光汽船に支払うべき金額は、一億六六七五万七一二二円に右四〇〇万円を加えた一億七〇七五万七一二二円であり、亡理助の相続人である被告春子が支払うべき金額は、その半額の八五三七万八五六一円である。

3  付帯請求について

原告は、別紙債権目録1、2に、内金ごとに確定期日を記載し、各期日から支払済までの年五分の割合による金員を遅延損害金として請求しているが、商法二六六条一項五号の債務は期限の定めのない債務であり、被告らは「履行ノ請求ヲ受ケタル時」より遅滞の責めを負うに過ぎないから、本件においては、各被告に対する訴状送達の日の翌日、すなわち、被告和剛については平成五年三月五日、被告田中及び同武紘については同年二月一九日、同大澤及び同春子については同年二月一八日からそれぞれ遅延損害金の支払義務を負うべきである。

第四  結論

以上の次第であるから、原告の被告和剛に対する請求は、一億六六七五万七一二二円及びこれに対する平成五年三月五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で、同田中及び同武紘に対する請求については、一億七〇七五万七一二二円及びこれに対する平成五年二月一九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で、同大澤に対する請求については一億七〇七五万七一二二円及びこれに対する平成五年二月一八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で、同春子に対する請求については八五三七万八五六一円及びこれに対する平成五年二月一八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、その限りでこれらの請求を認容し、その余の請求は理由がないのでいずれも棄却する。

(裁判長裁判官金築誠志 裁判官深山卓也 裁判官棚橋哲夫)

別表債権目録1、2、貸付債権目録、代位弁済目録〈省略〉

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